未来の働き方を考える。

「将来、小学生の65%が今はない職業につく」

これは、今から数年前、アメリカのデューク大学の教授キャシー・デビッドソン氏がニューヨークタイムズのインタビューで語った言葉です。「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今存在していない職業につくだろう」という話は、当時、大きな話題になったので、知ってる人も思いますが、この当時から、社会の情報化はさらに加速度的に変化し、時代はますます予測がつかなくなっています。

自分の子ども時代を思い返してみれば、その頃にはなかったモノやサービスを当たり前のように享受している今の生活を思えば、この話は、あながち現実になるかもしれません。30年程前の夏休み、小学生だった私は戦前に製造された鋼鉄製の扇風機しかついていない古い電車に乗り蒸し焼きのような暑さに耐えながら、硬券の切符を駅員さんに渡し、隙間風が入る断熱材等が入っていない木造の、バランス釜の風呂で五右衛門風呂並みに熱くなり火傷に気を付けながら入る、冷暖房は冬場の石油ストーブのみという祖父母宅に通っていたものです。
今から考えると、このような生活は当時ごく普通でした。

この場所、実は東京都の多摩地区ですが、今でも新宿駅から電車で30分位なので宅地需要も旺盛で、2040年でも人口が減らない場所と推定されております。

日本の最盛期と今でも語られているバブル期であってもなお、庶民の生活は戦後の延長上であったと改めて感じるのです。

しかし、ネットやAIが進展する事で物理的な面もそれ以外も変化が起きてきています。オートロック付きのマンションで庭仕事も必要では無く、エアコンで常時快適な室温に保ちつつ、ネットスーパー等で必要なモノは宅配してもらい、PCやスマホで銀行振り込みや記帳も行える・・・。
資産運用では、AIが運用する投資信託まで登場しています。個別銘柄の売買や銘柄選定まで人工知能が全て学習しながら行うのです。
相場師が胆力で勝負するという時代は、おとぎ話のような世相になってしまいました。

バブル期より格段に上質な生活を手に入れてしまった現代人。
この生活の進歩は嫌でも今後ますます進みます。
その時に必要とされる仕事上のスキルは、今の我々の想像を超えたレベルなのかもしれません。時代によって暮らしはかわり、仕事のありようもかわります。+

今から30年後、どうなっているのかを考えると、国語算数理科社会以外の勉強も子供たちが果敢に取り組み、知見を広げていく事で変化に対応できるような柔らかいアタマを作る大切さを考えている最近です。

ロボ団泉大津校スタッフ 堀田

ITインフラ先進国の中国からIT後進国の日本の今後を考える。

【ITインフラで世界に後れをとる日本】

ロボ団泉大津校スタッフの堀田です。

最近、中国人の学生と話す機会がありました。

彼が言うには
「日本に来ると、20世紀に来たようで懐かしさをいつも感じるんですよ」

私は彼が何を言っているのか、咄嗟には理解できませんでした。
もう少し聞いてみると
「今の中国では、アリペイを始め、ITインフラがかなり整っていて
日本みたいに現金を御目にかかる機会はほとんどありません。」

「スマホがないと、もはや日常生活が営めないのが北京や上海等です。
タクシーもホテルも買い物も殆どがITを通じてサービスを享受しています。」

私が初めての外国旅行先に選んだのが20年前の中国でした。その時は
「財布を人前で出すな!財布を持てる身分だと思われると強盗にあうぞ!」
とか
「みすぼらしい格好でないと街をうろついてはいけません。日本人だと判ると
なんとか騙そうと色んな人がやってきますよ!」
とかなんとかかんとか。
色々中国人の教師に教えてもらい、生活レベルの格差に愕然としたものです。
財布を持たずに、薄汚れた現金をポケットにしまうのが中国流。
1元で美味しいふかしイモが買えるし、チンタオビールも3元。お金が減らない。
(地方では無くこれは北京での話です。)

一万円を両替して700人民元を受け取ると、そもそも100元札が使える所すら少なかった位です。(お釣りがないから)
700元で、それはそれは贅沢が沢山出来ました。高級料理店でかなり食べても100元いきませんでしたから。

その時代から20年が流れ・・・
もはやITが日常の買い物レベルまでほとんど制覇してしまい、ITがなくては大都市では生きるのもままならない中国に変貌してしまったようです。
当然、物価も日本以上。700元はたいしたお金とは最早思われていないようです。

IT社会の到来も予想を超えた速度で中国の大都市の有り方を変え、日々変化に富んでいるようです。
あの楽天ですら日本に逃げ帰るほど、中国のIT業界は熾烈な競争にさらされているわけですから。

冒頭の学生は、現金でやりとりする日本の生活に、思わず郷愁を覚えているというのが懐かしさの理由なのでした。

【止められないIT化の流れ】

日本でも、アマゾンやネットスーパーを始め、ITが少しずつ生活を変え始めています。

まだまだ中国ほど劇的ではありませんが。
しかし、この流れは世界的な潮流でもあるでしょう。経済や生活は絶えず成長と便利さと進歩を我々に促してきました。このまま立ち止まる日本、という訳にはいかないのでしょう。

今後、未来を担う子ども達の基礎として、ITの素養が今以上に求められる時代がやってきそうです。
別に文科省が強制するしないという卑小な話では無く、世界の動きは米中や欧州なども含め、メガトレンドとしてITやAI社会の到来が確実化しているからなのです。
その動きは隣の大国、中国の今を見ると速度が速まりつつあるようです。

現役プログラマーから見たプログラミング教育③

ロボ団泉大津校のロボ団認定講師の平井です。現役プログラマーから見たプログラミング教育③は、プログラミングで必要とされる能力について考えてみたいと思います。

プログラミングは理系?文系?

プログラミングというのは、理数系の分野だと思われている方は多いのではないでしょうか。数学が得意な人とか工学を学ぶような人達のものなので、文系の自分には難しい、と思う人も多いようです。

実際、プログラムを書く能力は理数系と言われますが、それは、プログラミングの一面を捉えているだけで、偏見だと思っています。プログラミングを書くことは、美しい数式を書くこととは全く違います。

誰もが理解できるプログラムというのは、「初めにこれをして、こうなるから、次はあれをして・・」という、容易な言葉をつなげた命令でコンピューターに指示をだしている言葉です。感覚としては、まだ言葉が十分でない幼い子に、かみ砕いた言葉で教えてあげるイメージです。ですから、プログラミングにおいて、文系であることは必ずしも不利ではなく、むしろ能力を発揮できるかもしれません。

読書力や読解力が優れているということは、マニュアルや説明文を読んで理解する力があり、プログラミングを理解する能力も高いです。それに対し、理系的な素養は、現象から法則性を導き出したり、計算式を組み立てたり、また、直感的に物事を判断し組み立てる能力が、プログラミングの過程で役に立ちます。

こう考えると、プログラミングとは文系、理系という枠に収まらない両方の領域にまたがっているもの、と捉えるべきだと思います。

プログラミング的思考力が大切なわけ

よく、プログラミングをすることで、プログラミング的な考え方や論理的思考能力が身につくと言われます。これは、どういうことでしょう。

プログラミングは、「自分の指示を相手(コンピューター)に理解させることを前提に順番に言葉を並べる」ことが必要です。この事ができれば、文系や理系といったことは関係なく誰にでもできるのです。プログラミングで養われるこの論理的思考能力は、プログラミングだけでなく、人に自分の考えをわかりやすく伝えるといった場面や、物事を論理的にとらえ、進めるときに非常に大切ですし、そこに文系・理系の区別はありません。

うちの子は算数が苦手だからプログラミングは難しいですか?とよく聞かれますが、まず、プログラミングを楽しむことから初めて欲しいと思います。確かに、プログラミングの中で、計算など算数が必要な場面は多くありますが、楽しんでやっているうちに、おのずと算数の力が必ずついてきますよ。

 

現役プログラマーから見たプログラミング教育②

ロボ団泉大津校のロボ団認定講師の平井です。現役プログラマーから見たプログラミング教育①の続きとして、ロボ団泉大津校でおこなっているロボット・プログラミング教育について書きたいと思います。

プログラミングを学ぶときの問題

まず、「プログラミング」とは何なのか、と言いますと、これは①でも書きましたが、プログラミングとは、何か行われる事(例えば、結婚式のイベントとか、運動会の種目)に対して順番に書き出す作業を指します。別の言い方で簡単に言うと、電卓に計算式を入力していく作業のようなものです。

実際のプログラミングでは、この作業を延々と行っていくわけですが、こういった方法でプログラミングを教えることはしません。なぜか?まだ、動機が弱い中では、この作業は楽しいものではなく、継続して意欲的に取り組むことがむつかしいからです。

それは、子どもだけでなく大人でも同じです。10数年前には、パソコン教室なるものがあふれ、パソコンの操作、Excel、Wordの使い方を一通り教えてもらっても、パソコンを買って年賀状を作って放置、、という感じになってる方も多いのではないのでし ょうか。「事務的に電卓に、数字を入力して結果を求める」作業は、便利ではありますが、楽しいことではありません。LINEやFacebookのようなアプリケーションを作るには、発想も、技術も、時間も足りません。使うのではなく、使われているようになり、やがてパソコンをすみっこに追いやります。

ロボット・プログラミングの魅力

では、当校で子どもたちにプログラミングを教えるツールとして、なぜロボット・プログラミングを使っているのか? その理由は、子どもたちにとって一番わかりやすいし楽しいからです。 自分でロボットを作ることにより、興味も増し、そのロボットが目の前で自分がプログラミングしたとおりに動くとなれば愛着も沸きます。画面上の2次元の世界でなく、実際に、手を動かし、つくりあげたロボットが、この3次元の現実世界でどう動くのか、予測し、プログラミングすることで空間認識力も鍛えられていきます。ロボットを動かして、思ったようにうまくいかなければ「くやしい」と思う気持ち、失敗とチャレンジを繰り返す中で、うまくいったときの成功体験、その時の「うれしい!楽しい!」という気持ちが、また次の学びへとつながっていきます。

プログラミングには、子どもを夢中にさせるようなゲーム的な要素がありますが、ゲームとの大きな違いは、「やらされているんじゃない」という部分があることです。そこで起こることは、すべて自分がくみ上げたもので、「やらされた」ではなく、自分で作り上げたものだという自信や達成感を得ることができる、それがプログラミング教育の醍醐味だと思っています。

現役プログラマーから見たプログラミング教育①

ロボ団泉大津校のロボ団認定講師の平井です。ロボ団泉大津校は、システム会社であるA&Cシステム設計が運営に参画し、私のような実際に実務でプログラミングを仕事にしている人間が講師としてかかわっている教室です。そこで、プログラマーからみた子ども達へのプログラミング教育というものを考えてみたいと思います。

プログラミングとは?

最近、教育としてのプログラミングという言葉を様々な場所で目にするようになりました。2020年から小学校で必修化される事も決まりましたが、ではプログラミング教育とは何?というと今ひとつ、ピンとこないのが実感ではないでしょうか。

そもそもプログラミングとは何ぞや?ということですが、プログラミングとはコンピューターに対する命令のカタマリです。もっと、簡単に言うと、私たちが、日常生活の中で使うプログラムという言葉があります。例えば運動会の進行表やテレビの番組表などのことをプログラムと言いますが、このプログラムとは、「ある物事の進行に対しての、順序や筋道を示したもの」です。

プログラミングはこの日常生活におけるプログラムと似たようなもので、対象がコンピューターになっているということです。コンピューターは基本的に命令してあげないと動きません。そこで、コンピューターがわかる言葉でいろいろな指示をしてあげることで、複雑な動きができるようになります。

いま、プログラミング教育が必要な理由

では、このプログラミングというものを子どもたちが学ぶ意味はなんでしょうか。なぜ、プログラミング教育が必要なのか。

プログラミング教育を受けることで、みんながプログラマーやSEになるわけではありません。また、子どもにプログラミングを習わせている保護者の方の多くは、自分の子どもをプログラマーにしたいと思っている訳ではありません。

では、なぜ、プログラミング教育が必要なのかと言えば、これだけ、あらゆるサービスやモノがインターネットにつながっていたり、あるいはプログラミングされたものになっている社会の中では、どんな職業についても、プログラミングを始めとする情報技術とは切り離せない時代になっているからです。

私自身、様々な会社でシステムの構築やアプリケーションを提供してきましたが、そこでは、どの職場でも、プログラミングの基礎的な知識の有無が、リーダーシップやコミュニケーション能力に大きく寄与しているという事を実感してきました。
今後、情報社会がますます進み、この傾向が加速するのことが容易に想像できる中、プログラミングの基礎的な知識であったり考え方をもっている、という事が非常に大事になってきます。世の中の仕組みの大きな部分を情報技術が担っている時代、今の子どもたちが、それを知った上で社会に出ていくことは、大きなアドバンテージになると考えられます。

だからこそ、今、子どもたちへのプログラミング教育が注目され、さらに必要とされているのでしょう。

プログラミング教育と普通の勉強との違い

小学校で「プログラミング教育」が必修化されることになりましたが、どの学年や教科で実施するかは、各学校に任せることになっています。これまでの通常授業に加え、先生方自身が自分たちが受けていない「プログラミング教育」というものを子どもに教えることになるのですから、その負担を考えると、学校によってかなり教える内容に差がでるのではないかと思います。

小学校でのプログラミング教育においては、このように不安定な部分もありますが、プログラムの考え方がしっかり理解できると、子どもたちは、自分の力で解決しだすようになります。私自身、長年、プログラミングにかかわり、次々、出てくる開発言語に対応せざるを得ない中で、経験上、最も覚えやすく、習得しやすい方法は「まずは動かしてみよう」です。

実際に動かして、「動いた」という感動を味わって、理屈を後から知っていく。そして、自分がやりたいことをやる為にいろいろ試してパーツを作る。そのパーツを組み合わせソフトを完成させる。試行錯誤を繰り返す中で、プログラミングのルールを理解し、論理的思考が育つのだと思います。これは、最初に理屈を知って、その先に答えがあるような普通の勉強とは逆かもしれません。

ただ、子どもというのは、理屈を知る前に、手足を使っていろんなことをするのが得意ですよね。「虫」を捕まえることに夢中になる中で「虫」について詳しくなったりするように、体感を伴った学びにはどんどん夢中になるのが子どもです。ですから、子どもへのプログラミング教育も、理屈が先ではなく、まず自分で手を使って動かしてみることが大切だと感じています。

子どもの創造性を発揮できるプログラミング

「覚えるのが苦手」、「勉強が苦手」でもプログラミングは好きという子どもは多いです。今まで私が接してきた子達にもその様な子はたくさんいましたし、何より、私自身がそうでした。私自身、子どものころに、ホビーコンピューターを親に必死にお願いして、買ってもらい、マニュアルに書かれているプログラムコードを一心不乱に打ち込みました。動かなければ調べて直し、動けば楽しい、また理屈が勝手にわかるようになれば改造、改変したりと「なんでもあり」のおもちゃ箱でした。パソコンというフィールドで、自分の居場所を見つけられた感覚がありました。

プログラミングが得意分野を伸ばす意味でも、そういった子どもたちの受け皿でもあってほしい、と願っています。そして、そこから、子どもなりの発想が自然と生まれたり、持ち前の創造性を思う存分発揮でき、認められる、そういった場をこのロボ団泉大津校でプログラミング教育を通してつくっていきたいと思っています。